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雑学

日本酒にまつわるこぼれ話、お教えします

 

* 酒林(杉玉) *

酒林(杉玉)

酒の穴の入り口にも吊るされている酒林。 現在では一年中吊るされていますが、本来は「今年の新酒が出来ました」という目印だったのです。 昔はお酒の腐敗を防ぐ技術が発達していなかった為、秋に仕込んで春先に搾ったお酒は夏を越すことが出来ず、直ぐに全部売り切ってしまっていたそうです。
お酒の無い季節の後、新しいお酒が出来た事を知らせる為に、酒林を吊るして皆に知らせていたのです。
また、お酒造りは冬季だけの半年奉公だった為、杜氏達は夏には田畑の仕事や、屋根の修理などで生活をしていました。その時、わらぶき用の藁で酒林を作っていましたが、次第に香りの良い杉の葉で作られるようになったそうです。
作ったばかりの杉玉は緑色をしていますが、時間が経つにつれて、茶色に変わっていきます。これは、お酒がだんだん熟成していく過程を示すのだと言う説もあります。

 

* 杜氏 *

 

お酒を造る際の統率者は、ご存知の通り「杜氏」と呼ばれていますが、この杜氏という名称の語源については、諸説あって定かではありません。
中国では、最初にお酒を造った人として「杜康」の名前が残っています。(「三国志」でも赤壁の戦いの前に曹操が詠んだ詩の中に“お酒”の意味で“杜康”という言葉が使われています。)
その杜康の杜に氏(うじ)を付けて「杜氏」としたという説や、古代の「口噛み酒」を造っていたのが“刀自(とじ)”と呼ばれる女性達だったため、そこから転じて“杜氏”になった等、他にも様々あります。

 

* 下らない?お酒 *

 

現在“下らない”と言う言葉は“つまらない”とか“価値がない”という意味で使われています。その語源は、昔「下らない酒」と呼ばれているものから来ていると言われています。
戦国時代末期頃に現在の日本酒に近いお酒が関西を中心に造られるようになり、江戸に幕府が開かれると池田や伊丹の美味しいお酒が江戸にも送られるようになりました。
天皇がいる京都から見て、江戸に行く事は“下り”にあたります。江戸に送られた「下り酒」に対し、関西以外の地方で造られたお酒は「下らない酒」と呼ばれ一段低く見られていた事から、「下らない」という言葉が生まれたそうです。
もちろん現在では酒造りの技術が発達し、関西に限らず日本全国で美味しいお酒が造られています。

 

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